2008年1月9日
僻地離島研修①-主治医振り分けのしくみ-
2年次研修医 有馬 喬
今日は僻地離島研修(6、7月)のお話。
研修先は徳洲会のルーツ徳之島徳洲会病院。
5月31日に徳之島入りした。
早々にホームシックになった。
鹿屋に帰りたいなあと思いながら病院へ向かった。
4、5月、徳之島に来ていた城戸先生が笑顔で待っていた。
ホームシックの自分に城戸先生の笑顔は痛かった。
痛みの性状は「鈍痛」であったと記憶している。
島を囲む夏の海。
宮崎の海とはまた違った南の島独特の美しさだった。
しかし、その美しさが逃げられない自分の状況をあざ笑う。うひひ。
そして、先に僻地離島研修を終了した城戸先生もあざ笑う。うひひ。
島に着いた日は、歓送迎会だった。
城戸先生の送迎、僕の歓迎である。
逆ならよかったなのになぁ。
どこまでもホームシックな自分であった。
陽気な雰囲気でバーベキューが始まった。
普段の僕ならノリノリとなってさらに雰囲気を盛り上げるのだが、その日はどうも
胃腸の調子が悪かった。
ちなみに胃腸が弱いで有名な、ちびまる子ちゃんの山根君には、「胃腸のマーチ」
というテーマ曲がある。
"http://www.jbook.co.jp/p/p.aspx/2478808/s/">http://www.jbook.co.jp/p/p.aspx/2478808/s/
初めは城戸先生が診ていた患者さんを引き継いだ。
25人くらいだっただろうか。
しかしその日の午後、肺炎2人と脳出血の患者さんが入院し主治医へ。
いきなり3人増えちゃったなあと落ち込みつつ帰った。
が、しかし!次の日に病院に行くと、新たに3人増えていた。
なんと、「最初に診た人が主治医になる。」ルールに加え、「指導医の入院させた
患者さんの主治医に夜が明けるとなっている。」という恐ろしいルールが隠されて
いたのだった。
朝病院に行くと、新入院の患者さんのカルテに、小っちゃーく「有馬」って書いてある。
自分の字がでかい分、余計に小さく見えた。
病棟で「先生字がでかいから、すぐカルテの紙無くなるよね。」と何回か言われた。
「全く地球環境に優しくない研修医だ。」と思われたかもしれない。申し訳ない。
6月は札幌東徳洲会から来ている先生と二人だったが、7月はもう1人2年目の先生が
来た。
ひょっとして受け持ち減るかな?と、思いきや、逆に増えた。
「っていうか、何でよ?」と思い、某院長に尋ねてみた。
「ちゃんと主治医になっている人数、数えているから、大丈夫だよ、平等、平等。でも朝
っぱらから、お前の髭面見ると、お前の名前書きたくなるんだよな。」と、某院長
は言った。
・・・。
確かに札幌東の先生は色白でぱっと見、具合悪そうであった。
しかし、実際彼は心身ともに健康でむしろ自分の方が「胃腸が弱いぞ!」と思った。
よく一緒に飲みに行ったが、結構たくましく飲んでいたと記憶している。
元気にしているだろうか。
もう1人の先生は、徳洲会以外から研修に来られていた。
某院長は「まだ来たばっかりで慣れてないから初めは、担当患者さんは少なめにし
てやるんだよ。」
と言ってた。
ん?Just a moment!
島に来て2日目の自分に、いきなり3人も担当増やしたのは~どこのどいつだ~い?
(にしおかすみこ) そして、
受け持ち患者さんは平均40人となった。
「質を下げずに効率の良い診療ができるようになる。」というのが離島研修での自
分の最初に考えた目標だった。
そして、暑い暑い徳之島での熱い熱い研修は続いていく。
つづく。
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